小説

【帰省】28歳独身OLのお盆休み

2022年10月22日

 8月12日。
 スタープレイヤーとのエキシビションマッチを制したヨハンこと哀川圭は、お盆休みを利用して、都内でも辺境の地と呼ばれる場所にある、実家に帰省していた。

 妹も一緒である。どうやら夫と息子は、夫側の田舎に向かったようだ。

「今年こそは私の実家でお盆だからね」と息巻いていた妹だったが、息子があちらの田舎に行きたいとグズッたらしい。
 あちらには親戚一同が揃い、年上の従兄たちも大勢いるので、楽しいのだろう。
 なので息子を旦那に託し、妹だけで、自分の実家に帰ってきたのだ。
 結婚してから夏も正月も殆ど旦那側の実家に行っていたため、実は数年ぶりの帰省だった。

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 午前10時。

 圭と妹は、甲子園の中継をダラダラと眺めながら、リビングでくつろいでいた。

「久々の家族団らん。楽しいね!」

 妹がにこやかに笑う。すると、台所から戻ってきた哀川母が、くつろぐ圭と妹に向かって呟いた。

「くつろぐのはいいけど……ちゃんとお父さんの仏壇に挨拶したの?」

 母に言われ、圭と妹はゆっくり立ち上がる。そこで、妹は気付く。そして立ち止まる。

「いや、ウチに仏間なんかあったっけ?」

 さも当然のごとく言われたが、そういえばそんな部屋は自分の実家にはなかったはずと首を傾げる妹。辺境の地とはいえ、3LDKのマンション。畳の部屋すらない。
 数年前になくなった父に挨拶しろ……そう言われたものの、ではどこに行けばいいのか妹にはわからなかった。

「こっちよ」

 すると、スタスタと先を歩き、扉を開ける母。

「いや私の部屋だった部屋じゃん!?」

 そこは妹が使っていた部屋だった。家具などが一切片付けられ、段ボールや靴の箱などが多く積み上げられた半ば物置と化した元妹の部屋。
 そんな部屋の日の当たらない部分に、小さな仏壇が置かれている。今風の小型の仏壇で、艶のない黒い棚の上に飾られている。

「うぅ……私の部屋に置くのはやめて欲しかったなぁ」

 生前の父と折り合いが悪かった妹は、少しだけ不服そうな顔をした。

「何言ってるの。父さんはずっと貴方のことを心配していたんだから。そんなことを言っちゃ駄目よ?」

 と圭。

「そうそう。父さんのお陰で大きくなれたんだから、ちゃんと敬いなさい?」

 と母に諭される。

「はいは~い」

 と叱られた子供のような態度で線香をあげようとする妹。

(まぁ、昔は色々反抗してたけど……親になった今じゃ、ちょっとだけ……。ほんのちょっとだけだけど、親父の気持ちもわかるよ)

 だから、今日くらいは、ちゃんと線香をあげて、感謝の言葉を伝えよう。そう思い、ライターを取り出したとき。

「ちょっと何してんの!?」

 母が驚いた声をあげる。

「え、何って線香に火を……」

「何馬鹿言ってるの!? 線香なんて焚いたら匂いが部屋についちゃうでしょ!? 物件の価値が下がるわよ!?」

「えぇ……」

「これよこれ。これを使うのよ」

 そして横に居た姉、圭がドヤ顔でランプ式の線香を取り出す。先端にLEDライトが内蔵されていて、電源を入れるとまるで火のように光る。

「USBで充電しておいたわお母さん」
「ありがとう圭。これ、どうやって充電するかわからなかったから、困ってたのよねぇ」

「え……」

(ずっと充電方法がわからなかったということは……このLED線香、ずっと光ってなかったんじゃ……)

 ずっと充電できなくて困っていた。その言葉の裏側を読み取った妹は「敬うとは……」と呟きつつ、LED線香を受け取る。
 予定とは変わったが、スイッチを入れ点灯させると、それを父の仏壇に置こうとして、手が止まる。

「えっと……」

 父の仏壇には、いつ撮ったのだろう物凄く良い笑顔の父の写真が置かれている。そして、父の好きだったビールやちょっとしたつまみ類、たばこ。好きだった球団のロゴ入りボール等が並べられていて、一瞬置く場所に迷ったのだ。

「どうしたの? 早く置かないの?」

 背に、母から疑問が投げかけられる。妹はクスっと笑って答えた。

「いや、親父の好きなものが並んでて、微笑ましくなって」

「ああ。まぁ丁度この時期だったからね……毎年、思い出すのよ」

 少し遠い目をする母。

「だからね。この時期くらいは、あの人の好きだったものを並べてあげているの」

「うんうん。なるほどね。親父の好きだった酒につまみに野球に……ん? うんん? んんんんんんんんんんんん!?」

 妹の目が、仏壇に置かれた異様なものを発見した。

「な、何これ!?」

 置かれていたのは全長20cmほどのフィギュア。

 それは逆三角形のムキムキの男で、服はブーメランパンツと靴下のみ。体中に多くの関節が仕込まれ、稼働ができるタイプのフィギュアのようで、両手を合わせ祈るようなポーズで立たされている。

「いやいやいやいや……なんで仏壇にこんなモンが!?」

 動揺する妹に、母が答える。

「さっき言ったでしょう。あの人の好きだったものを並べていると」

「いやいやいやいや……おかしいっておかしいって。親父マンガもアニメも見てないでしょ!? っつことは何かのキャラじゃないんでしょ!? 親父が筋肉マッチョ好きなんて聞いたことないし!!」

「貴方、人の趣味をとやかく言うんじゃありません!! お姉ちゃん怒るよ?」

「いやお姉は黙ってて! それ言うと別の意味に聞こえるから!」

 何が逆鱗に触れたのかわからないが、ともかく怒れる姉を鎮める妹。

(大丈夫だよね親父。信じていいんだよね? ソッチの趣味があったわけじゃ、ないよね?)

 胸に言い知れぬ疑念を抱きつつ、妹はマッチョフィギュアの出所を探る。

「えっと、二年前くらいだったかしら。会社の後輩から『哀川せんぱああい。これいらn……今日誕生日でしたよねぇ? 差し上げますよ~』って貰ったのよ」

 秋葉原のフィギュア福袋から出てきたものらしい。細マッチョ好きの圭の後輩は、それを圭に押しつけた。

「で、顔の雰囲気が父さんに似てるでしょ? だからお母さんに送って」

「本当に似てるから爆笑して……飽き……これも何かの縁と、ここに飾ってあるのよ」

「なるほどなるほど。ん? 今飽きたって言った?」

「最近じゃ、故人の姿を3Dプリンターで出力して、仏壇に飾っておく家も増えたらしいわ。まぁ、それと似たようなものね」

「ふぅん?」 

 とりあえず父親に変な趣味がなかったことに安堵した妹。圧倒的な筋肉とブーメランパンツに気を取られてしまったが、よく見ればたしかに、顔は親父に似ていないこともない。細長い目が似ているなと感心した。

(でもこの体はちょっとなぁ……首から下を別の格好にすげ替えられないか、旦那に後で聞いてみよう)

 そして、一通り手を合わせ終わり、リビングに戻ろうという頃合い。姉である圭が、ふとした疑問を口にした。

「そういえば母さん。ボーナスはないのかしら?」
「「ボーナス?」」

 母と妹が同時に首を傾げた。

「ほら、お盆の……棒の刺さった茄子。あれボーナスっていうんじゃないの?」

「あー」

 圭が言っているのは精霊馬しょうりょううまのことだろう。古来よりお盆の時期に、先祖の霊魂を乗せて運んできてくれるとされていた精霊馬。現代の家庭では、用意していることは稀だろう。

「別に用意してないわね」

 あっさり言い切る母。

「浅学だからどういうシステムなのかわからないけれど……無いと父さん困るんじゃない?」
「う~ん……」

 冷蔵庫には茄子もキュウリもないのだろう。「めんどうねぇ」と頭を掻く母。
 本当に面倒くさそうな母に心の中で「おい」と突っ込む妹。

「うぅん……あっそうだ!」

 顎に手を当てて考え事をしていた圭の目が、とあるモノを見つける。そしてそれを手に取っていじり回すと、再び仏壇に置いた。

「まぁ!」
「これで完璧ね!」

「やめろやめろやめろッ!! ご先祖様を何に乗せようとしてんねん!!」

 思わず関西弁で突っ込みながら、どこか懐かしい哀川家の空気を感じ、心が暖まる妹だった。

***

***

***

 妹がマッチョフィギュアを回収しリビングに戻ると、試合と試合の間に入ったのだろう。

 甲子園中継は中断。男性アナウンサーがニュースを読み上げていた。

「むっ!? 凄い着信が入ってる……」

 置きっぱなしにしいていた圭のスマホには、メールの受信や電話の着信があったことを告げる通知が光っていた。

「仕事だったら嫌だなぁ……」

 と呟きつつ、スマホを手に取り確認を始める圭。そんな姉を気の毒に思いつつ、妹は腰掛けニュースを見やる。

『次のニュースです。日本人画家がやらかしました。世界的に有名な画家、石丸涼が自身の新作発表展覧会を無断欠席。関係者が対応に追われていますが、ファンたちは「COOL!!!!」と寧ろ喜ぶという異常事態となっており――』

「おっ、ウチの地元の有名人じゃん! そういえばお姉の同級生だよね?」

「うーん」

 妹の質問に、圭はなんとも言えない返事を返す。どうやら、まだ送られてきたメールに対応中のようだ。

「私、その人とちょっとだけ話したことあるんだよねー内容忘れたけど。あの頃はおとなしそうな見た目をした人だったのに。いやぁ人生何があるか……ん?」

 その時。

 インターホンが鳴った。

 遠くから母の「出て頂戴ー」という声が聞こえたので、軽く舌打ちし立ち上がると、妹は玄関に向かった。

「はいはーい。今出ますよ……え?」

 扉を開ける。すると。

「おお! 冷房が効いてて気持ちいいじゃねーの!!」

 まるで昔のビジュアル系バンドのように、真っ赤な髪をした女性が立っていた。

「ゆ、有名人が家に来た……」

 訪ねてきたのは、妹がたった今ニュースで見た人物。世界的な画家にして、哀川圭の親友だった女性、石丸涼だった。

帰省】28歳独身OLのお盆休み 2

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瀧岡くるじ

台東区在住の社畜兼業作家。 小学生の頃にデジモン、遊戯王にハマり大きな影響を受ける。中学時代は非オタとして過ごしてきたが高2でラノベを知り今ではフィギュアに憑りつかれたオタク。 大学卒業後はサラリーマンとして生きてきたがコロナで仕事が暇になったのをきっかけに小説家になろうにて連載開始。 2021年にカドカワBOOKSより『お前のような初心者がいるか!』を出版し作家デビュー。 嫌いなものは会社と通勤。 更新情報や購入物を日々ツイッターで呟いております。

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